IPO後も革新を続ける企業は「イノベーション・インプリンティング」をしていた

企業が株式公開(IPO)を目指す理由の一つとして、資金調達を通じて成長とイノベーションを加速させることが挙げられます。しかし、決して少なくはない企業がIPO後に革新的な製品や技術を生み出す力が低下します。

これにより収益性や将来性に対する失望を招き、株価も落ち、創業者が利益を確保するための上場ゴールだったのではないかなどと言われたりもします。

IPO後の革新性の喪失は企業や投資家に不利益をもたらしますが、全ての企業がこの問題に直面するわけではありません。IPO後もイノベーションを維持または加速させることができる企業もあります。

そのような企業は上場ゴールの企業と何が違うのでしょうか?

なぜIPO後に成長が止まるのか?

フランクフルト大学のシモーネ・ヴィース教授らの研究によると、多くの企業はIPO後に革新的な製品を生み出す能力が低下することが分かっています。

これは、短期的な利益を求める株式市場からのプレッシャーによって、研究開発費やマーケティング費が削減されるためです。

画期的なイノベーションに必要なリスクを避け、より安全で短期的に成果を上げやすい取り組みへとシフトする傾向があります。

この結果、一時的な儲けは出ても、長期的には競争力が低下し、企業の成長に悪影響を及ぼすのです。

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IPO後もイノベーションが起き続ける企業の特徴

そんな中でも、全体の30%ほどの企業は、IPO後でもイノベーションを起こし続けていることが分かっています。そういった企業が何をしていたかというと「イノベーション・インプリンティング」です。

イノベーション・インプリンティングとはIPO前の段階で革新を重視する企業文化や戦略を確立し、それを外部に発信する行動のことです。

要するに内外に向けて「ウチは革新的なことをしていく会社ですよ」という印象形成を行っていたということです。

イノベーション・インプリンティングには具体的に以下のような要素が含まれます。

1.製品開発の優先順位

イノベーション・インプリンティングの基本の一つが、製品開発における戦略的な選択です。特に、段階的な改良ではなくブレークスルー型のイノベーションを優先する姿勢が求められます。

これは単なる既存技術の改良ではなく、顧客に新たな価値を提供する製品や技術を開発することを指します。

医療機器メーカーが画期的な治療装置を開発することで、新しい市場セグメントを切り開くことなどがその一例です。こうした取り組みはリスクを伴うものの、外部から見たとき「この企業は革新を重視している」という強いメッセージとして認識されます。

2.一貫した革新のペース

企業がIPO前に定期的にブレークスルー型のイノベーションを市場にもたらすことも重要な戦略です。これにより単に画期的な製品を生み出す能力があるだけでなく、それを継続する力を持っていることをアピールできます。

例えば、技術系スタートアップが数年おきに新しいアルゴリズムやデータ処理技術を発表し、そのたびに顧客や市場から注目を集めたりすることです。このような姿勢が顧客や投資家からの信頼につながります。

3.市場展開能力の強化

イノベーション・インプリンティングには、市場での成功を支える「バンドリング能力」と「レバレッジ能力」の育成も含まれます。

バンドリング能力とは、画期的な製品を中心に、関連商品を戦略的に展開する力です。例えば、食品メーカーが新しい保存技術を用いた革新的な食品を開発し、その技術を応用した別の商品ライン(スナックや冷凍食品など)を展開するケースが考えられます。こうすることで、革新が単発の成功で終わらず、持続可能な成長の基盤となります。

レバレッジ能力とは他社との連携や資源の活用を通じて、新市場への進出や既存市場での拡大を実現する力です。例えば、医薬品メーカーが大学や研究機関と提携し、新薬の開発と普及を同時に進めることで市場シェアを拡大する事例が挙げられます。

こうした取り組みは投資家や市場全体に企業の成長可能性を伝える強力なシグナルとして作用します。そしてIPO後にイノベーションのスピードを維持し、競争力を高めるための土台となるのです。

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イノベーション・インプリンティングの効果

イノベーション・インプリンティングに成功した企業は、IPO後においても財務面でのパフォーマンスが向上し、倒産リスクを低下させることが多いです。これらの企業は、以下の2つの主要な成果を達成する可能性が高まります。

1.高い収益性

IPO後もブレークスルー型のイノベーションを継続できる企業は、競争優位性を保ちやすく、投資家や顧客からの支持を受けることで収益が向上します。

具体的には、新製品が市場での注目を集めることで、企業の株式価値が上昇し、市場全体でのシェア拡大が期待されます。

例えば、ある技術企業が革新的な半導体を開発し、それがIoT分野での標準技術として採用されると、ライセンス収入や製品売上が飛躍的に増加します。このような企業は、IPO前後での売上や利益の伸び率が高く、投資家にとっても魅力的な存在となるのです。

また、継続的なイノベーションは競合他社との差別化要因となります。成熟市場では他社との競争が激化する中で価格競争が起こりやすいですが、ブレークスルー型製品を持つ企業はその影響を受けにくくなります。これにより高い利益率を維持できるのです。

2.倒産リスクの軽減

革新を続ける企業は新しい市場を開拓し、多様な収益源を確保できるため、経済的な不確実性にも強くなります。

例えば、IPO後に画期的な医薬品を継続して開発する製薬会社は、新しい治療法への需要を満たすことで、競合他社との差別化を図り経済危機の影響を受けにくくなります。

さらに、研究によればIPO後に革新を維持する企業は破産リスクが大幅に低下する傾向があります。新しい収益源を確保できるだけでなく、リスク許容度の高い投資家からの資金調達が継続されるため、資金繰りが安定します。

このような企業は長期的な成長に必要なリソースを確保しやすく、結果として市場での生存率を高めることができます。

非上場の中小企業においても大事なこと

IPO後のイノベーション低迷は、多くの企業が直面する課題ですが、適切な戦略を持つことで乗り越えることが可能です。

特に、IPO前から革新を重視した行動を取ることで、短期的な市場のプレッシャーに左右されず、長期的な成功を収める道が開けます。

革新を続けるためには、短期的な利益だけでなく、長期的な目標を見据えた戦略が重要です。これは上場している大企業だけでなく、中小企業にとっても大切なことだと思います。

参考文献:Simone Wies, Christine Moorman, and Rajesh K. Chandy. (2023). Innovation Imprinting: Why Some Firms Beat the Post-IPO Innovation Slump.