M&Aを成長戦略の柱に据えたいなら、社内の専門家を育成することが必要かもしれない

大企業でも中小企業でもM&Aが成長戦略の一つの選択肢となり得る環境が整ってきています。

同業他社や異業種の会社を買収することによって、規模の拡大や多角化、イノベーションが期待できます。

そのような成長戦略を描くうえで重要なことは社内にM&Aの専門スタッフを育成することかもしれません。

M&A専門スタッフの仕事

社内のM&A専門スタッフの仕事というのは、M&A仲介会社やアドバイザリー会社がやっていることとほとんど同じです。

具体的には次のような業務があります。

  1. 買収先の選定:どの企業を買収すべきかを調査し、候補をリストアップします。
  2. 買収の準備:買収のメリットやリスクを分析し、どれだけの価値があるかを評価します。
  3. 交渉と契約:買収先企業と交渉し、条件を決める役割を果たします。
  4. 買収後の統合:買収後にスムーズに運営が行えるよう、買収先企業との統合作業を行います。

専門的なM&Aスタッフがいることで、これらのプロセスが効率的に進み、買収の成功率が上がると言われています。

日本でも既にこうしたスタッフを抱えている企業は存在しています。財務部門や経営企画にそれができる人材を揃えているところもあります。

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外部の専門家に頼むよりもM&Aのパフォーマンスが上がる

社内で育成するより、外部の専門家に依頼したほうが良いのでは?と思う経営者もいるかもしれません。確かに一度切りしかM&Aをする予定がないのであればそのほうがコスト的にも良いと思います。

しかし、成長戦略の柱としてM&Aを推進していく予定があるなら、自社内で育成するか、ヘッドハンティングしてくるほうが良いかもしれません。

なぜなら、外部の専門家に頼るよりも、自社のM&Aスタッフが手掛けたほうが、買収のパフォーマンスは良くなるからです。

M&Aの成功率が高まり成長に寄与

全米経済研究所のシナン・ゴッカヤ博士らが、2000年から2017年にかけて行われた11,000件以上のM&Aを分析したデータがあります。

それによると、社内にM&Aの専門スタッフがいる企業が買収する際には、株価が上昇することが分かりました。これは市場関係者がその買収の判断が素晴らしいものと評価していることを意味します。

また買収後のROA(総資産利益率)も高くなり、さらには買収後3年以内に売却される可能性が低いことも確認されました。

つまり、M&Aに成功し、企業が成長しているということです。

なぜ社内の専門スタッフのパフォーマンスは高いのか?

なぜ社内のM&Aスタッフのほうがパフォーマンスが高くなるのでしょうか?

理由としてはまず、ターゲット選定の精度が挙げられます。外部の専門家と比べて社内のスタッフは自社のことをよく分かっていますから、どんな企業を買収すれば成長につながるかという判断を正しく行いやすいのです。これにより、コスト削減や、市場シェア拡大、オープンイノベーションの発生といった効果を得やすい相手を選べるのです。

また、PMI(M&A後の統合プロセス)においても、社内に専門家がいることによって、組織風土の微妙な違いのような細かな部分でのサポートまで行いやすくなることも、統合がスムーズにいくことに寄与しています。

さらに、本来であれば外部の専門家に支払うべきだった、手数料が抑えられたり、やり取りの手間が不要なことなども、コストパフォーマンスの向上につながっています。

M&Aスタッフのレベルは千差万別

ここまで見てきたように、M&Aを成長戦略として位置付けるのであれば、社内に専門スタッフがいたほうが、業績は上がりやすいです。

だからといって、取り合えず置いておけば良いということでもありません。私も事業会社内のM&Aスタッフとやり取りすることがありますが、そのレベルはかなりバラバラです。非常に優秀な人もいれば、無能な人もいます。

そして無能な人ほど、社内の上司にアピールするために、仕事をしているフリをします。M&A仲介会社やアドバイザリー会社、買収候補先に、余計な資料を出させたり、無駄な打ち合わせをしたがるのです。ハッキリ言えば、彼らがいないほうが交渉がスムーズに進みます。もっと言ってしまえば「コイツが担当じゃなければこのM&Aは破談にならなかっただろうな…」ということさえ起こり得るのです。

このような人間が発生してしまう原因は社長を始めとした経営陣がM&Aに対する知識を持っていないことと、監視をしていないことです。それによって仕事している雰囲気に騙されてしまうのです。

M&Aを成長戦略に位置付けるのであればまずは経営陣が詳しくなることが大切です。

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中小企業の成長戦略でも重要なこと

今回、紹介した研究データはアメリカの上場している大企業のものですが、日本の中小企業においてもM&Aは成長戦略の重要な一手となります。

たとえ外部の専門家に依頼するにしても、財務や経営管理の部門の社員に最低限の知識を持ったうえで交渉に当たらせたほうが安全かと思います。

それと、経営者が自信過剰な性格だったり、企業のガバナンスが弱い場合には専門スタッフを置いても効果が限定的ということも分かっていますから気をつけましょう。

会社の売却価格を高めたいならナルシストな経営者に買ってもらうのが良い」でも説明しましたが、自信過剰な経営者は高値掴みしてしまうのです。

専門スタッフが進言できる仕組みを整えることで、M&Aの成功確率を高めることができます。

参考文献:Sinan Gokkaya, Xi Liu, René M. Stulz. (2021). DO FIRMS WITH SPECIALIZED M&A STAFF MAKE BETTER ACQUISITIONS?