M&Aが企業にオープンイノベーションをもたらすパターン

M&Aが成功したかどうかの指標として、経営統合後の財務諸表の数字が重視されがちですが、それと同じかそれ以上に重要なことはイノベーションが起こったかどうかです。

せっかく他社をグループ化したのなら、社内外の垣根を超えてアイデアや技術を取り入れ、新しい価値を創出するオープンイノベーションが起こってこそ、M&Aの真価が発揮されたといえるでしょう。

特に技術集約型の産業(※1)においては、コアコンピタンス(既存の中核技術)に固執してしまうと、時代に取り残されてしまう可能性があります。

そのためにも意図的にオープンイノベーションを起こす意識が必要となります。その手段としてM&Aは非常に有効ですが、常に効果があるわけではありません。

M&Aの相手先と、自社の技術の組み合わせによって、オープンイノベーションが起こるかどうか変わるということが、コーネル大学のスンリョル・ライアン・シンらの研究によって分かっています。

※1 技術集約型の産業:製品の生産において、技術的な知識、研究開発(R&D)活動、革新能力が企業競争力の重要な基盤となる産業のこと。バイオ、製薬、情報通信、半導体、エネルギー産業などが該当。

自社の技術領域 × 相手方との関係

M&Aによってオープンイノベーションが起こるかどうかは、「自社の技術領域」と「相手方との関係」の組み合わせによって変わります。まずはそれぞれの内容を簡単に見てみましょう。

自社の技術領域

技術集約型の産業がM&Aを考えた際に、自社の技術領域は以下の3つに分類することが可能です。

  • 既存コア領域:企業が以前から戦略的に注力しており、専門知識や技術的能力が十分に蓄積されている分野。
  • 強化コア領域:これまでは周辺的な分野だったが、外部の知識取得を通じて新たにコア領域として強化される分野。
  • 新規コア領域:外部知識の導入によって新たにコア技術ポートフォリオに加えられた分野。

M&Aの相手方との関係

M&Aの相手方との関係は以下の2つがあります。

  • 類似関係:買収対象企業の技術的知識や専門性が、買収元企業が似ている関係。双方が同じような特許を取得している場合、類似性が高い。
  • 補完関係:買収対象企業が持つ技術的知識や専門性が、買収元企業の持たない新しい領域を補う関係。買収元企業が未開拓の領域で、対象企業が特許や専門性を持つ場合、補完性が高い。

オープンイノベーションが起こるパターン

今回の研究では2001年から2008年に行われた412件のM&Aを対象に、買収前の5年間と買収後の5年間で、取得した特許を分析し、その変化によってオープンイノベーションが起こったかを確認しています。それぞれの技術領域と企業同士の関係性によって次のような結果となりました。

1.既存コア領域

既存コア領域においては、類似関係の企業、補完関係の企業のどちらとM&Aを行ってもオープンイノベーションは起こりにくいです。

類似関係の企業を買収した場合には重複する能力を排除し、効率化を図る過程で、対象企業が持つユニークな知識やスキルセットが失われるリスクがあります。さらに、知識の重複が明白である場合、買収にかかるコストに見合う成果が得られない可能性もあります。また類似しているからこその対立が生じることもあります。

既存のコア領域では技術ルーチンやプロセスが非常に強固なため柔軟性に欠けます。このため、補完関係の企業を買収した場合でも、互換性の問題が生じやすく、新しいアイデアや手法が排除されるリスクがあります。

2.強化コア領域

強化コア領域においては、類似関係の企業を買収した際にオープンイノベーションが促進されますが、補完関係の企業を買収した際は影響がありません。

買収企業が持つ既存の知識や技術に類似した技術を持つ対象企業を買収することで、不足していたリソースを迅速に補うことができます。これにより、生産性が向上し、新製品やサービスの開発が加速します。また、両社が持つ似た技術的資産を組み合わせることで、スケールメリットやスコープメリットを享受することもできます。

補完関係にある企業を買収し知識を統合することで、強化コア領域の技術的不足を埋めることが期待できますが、未成熟な領域では既存のルーチンやプロセスが確立されていないため、この効果を得られるケースが少ないです。

3.新規コア領域

新規コア領域においては、補完関係にある企業を買収した場合はオープンイノベーションが促進されますが、類似関係にある企業を買収した場合にはそれが妨げられます。

対象企業が持つ知識や技術が、買収企業の既存知識と組み合わさることで、新しい技術分野が切り開かれます。これにより、競争優位性を持つ革新的な製品やサービスの開発が可能になります。新規コア領域の開発は、未開拓の市場や顧客セグメントへの進出を可能にします。

一方で、類似性の高い対象企業を選ぶことは、新規コア領域の開発には逆効果となることが多いです。類似した知識が導入されることで、買収企業は既存の技術ルーチンやプロセスに依存する傾向が強まります。これにより、新しい分野へのリソース配分や投資が疎かになります。また新しい技術領域で必要とされるリスクテイクや柔軟性が失われ、結果として革新の速度が低下する恐れがあります。

☑︎既存の提携先とのシナジー効果を失わせる競合他社とのM&A

目指すオープンイノベーションによって買収候補は変わる

以上の結果から、M&Aによるオープンイノベーションを成功させるためには、戦略に応じて対象企業を慎重に選定する必要があるといえます。以下は、各コア領域における対象企業選定の指針です。

  1. 既存コア領域の強化を目的とする場合
    既存コア領域では、技術M&Aよりも内部開発や技術提携といった他の手法が効果的である可能性があります。知識の重複や組織的抵抗を避けるためM&Aは慎重に検討すべきです。
  2. 強化コア領域の発展を目的とする場合
    この場合、対象企業が買収企業と類似した知識や専門性を持つことが重要です。類似性が高い企業を選定することで、既存の能力を強化し、未成熟な分野でのイノベーションを促進できます。
  3. 新規コア領域の開拓を目的とする場合
    新規コア領域の開拓には、対象企業の知識や技術が補完的であることが鍵となります。補完性が高い企業を選ぶことで、既存の知識と新しい知識を組み合わせた革新が期待できます。

これらの分析を基に、対象企業の特性(類似性と補完性)を慎重に評価し、コア技術ポートフォリオの再構築戦略を明確に定めることが求められます。

参考文献:Seungryul Ryan Shin, John Han, Klaus Marhold, Jina Kang, (2017) “Reconfiguring the firm’s core technological portfolio through open innovation: focusing on technological M & A”