ブランドの買収というのはよく行われます。特にアパレルで多いです。
ルイ・ヴィトンなどを傘下に持つLVMHも買収によって、規模を拡大しています。
LVMHはM&Aを上手に活用している企業といえるでしょう。買収したブランドの価値を毀損させていません。
個人的な意見ですが、ベルナール・アルノー会長がブランドの本質に関わるクリエイティブには口を出さないことが成功要因の一つかと思います。
ブランドの「本質」を失わせないことはブランドを買収後にその価値を維持し続けるために重要なことです。
しかし、多くの企業がそれに失敗しています。それによって消費者の反発を招き、売れなくなるのです。
これはアパレルに限らず、食品やその他のジャンルにおいても同様です。また、コングロマリットと呼ばれるような大企業群に限らず、中小企業においても当てはまることです。
消費者はなぜブランド買収に反発するのか?
消費者がブランドに対して持つ感覚は単に「商品やサービスを提供する組織」というものではありません。それ以上の価値を期待しています。
それは、製品の機能や品質だけでなく、そのブランドが体現する価値観や理念に共感し、それを支持することによって得られる心理的な満足感を重視しているからです。
こうした感覚は特にそのブランドの価値観が社会的意義を持つ場合により深まります。
たとえば、環境保護を掲げるブランドが典型的な例です。このようなブランドの製品を購入すると、自分自身が環境保護に貢献しているという満足感を得ることができます。
そのため、そのブランドが他社に買収されると、「このブランドが持っていた環境保護の価値観は維持されるのか?」と疑問を抱きます。
買収した企業が環境保護に対して消極的だったり、異なる価値観を持っている場合には、疑念はさらに深まり、最終的にはそのブランドへの信頼が揺らいでしまうのです。
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価値観の一貫性の重要性
ブランド買収が消費者からネガティブな反応を引き起こす最も大きな要因の一つは、「価値観の一貫性」が損なわれることにあります。
価値観の一貫性とはブランドが設立当初から掲げてきた理念や信念が、時間を経ても変わらず維持されているかどうかということです。
消費者にとって、価値観の一貫性はそのブランドを信頼する根幹であり、他の選択肢では得られない「オリジナリティ」の象徴でもあります。
ブランドの買収が行われた場合、消費者は次のような懸念を抱きます。
- 価値観の変質: 買収した企業が、買収されたブランドの価値観を尊重せず、経営方針や製品設計において異なる理念を押し付けるのではないかという懸念。
- 商業主義への懸念: ブランドが単なる利益追求のために買収されたと考えられ、創業当時の純粋な理念が薄れてしまうのではないかという疑念。
- 品質やイメージの変化: 買収によって製品やサービスの品質が低下し、ブランドが築き上げてきたポジティブなイメージが崩れるのではないかという心配。
特に、小規模で地元密着型のブランドや、「クラフト」「オーガニック」「サステナブル」など独自性の高い価値を持つブランドは、M&A時にこのような懸念を持たれやすいです。
これらのブランドに共感する消費者は、購入行動を通じてそのブランドの価値を支持する意識を強く持っているため、価値観の一貫性が揺らぐと購入意欲が大きく低下します。
反発が広がる現代ならではのメカニズム
ブランド買収に対する消費者の反発が広がる背景には、現代の情報環境の影響もあります。SNSやオンラインメディアの普及により、買収のニュースは瞬く間に消費者に広がります。
たとえば、大手企業による買収が発表されると、すぐにその背景や影響についての議論がオンライン上で始まります。
このとき、消費者の間で「ブランドはもう昔のようには戻らない」というネガティブな意見が共有されると、そのブランドへの信頼が一気に低下するのです。
また、買収によって消費者が感じる「裏切られた」という感覚も反発を強めます。特に、買収がブランド側からの発表ではなくニュースや噂で伝わった場合、「隠していたのでは?」と不信感を抱きやすくなります。
一貫性の喪失がもたらす結果
買収後に価値観の一貫性が維持されない場合、消費者はそのブランドへの興味や信頼を失うだけでなく、競合ブランドへの移行を加速させる可能性があります。
たとえば、似たような理念を掲げる別のブランドに切り替えることで、自分の信念や価値観を反映した選択をしようとするのです。
また、ブランドへのネガティブな感情が大きい場合には、そのブランドだけでなく、買収先の企業全体への反発につながることもあります。
研究で明らかになった消費者の反応パターン
リーズ大学ビジネス・スクールのアレッサンドロ・ビラーリア博士らが、ブランド買収が消費者の購入意欲にどのような影響を及ぼすか詳細に調査しています。
この研究でも中心となるのは「価値観の一貫性」という概念です。
研究では、買収がどのような状況で消費者にネガティブな影響を与えるかを探るため、10種類の調査が行われました。その結果、以下のような傾向が明らかになりました。
1. ブランドの歴史が長いほど影響が大きい
買収されたブランドの設立年が消費者の反応に大きく影響することが示されています。長い歴史を持つブランドは、消費者の中で「価値観が確立されている」「伝統や信頼がある」と認識される傾向があります。
このため、買収による価値観や方針の変更が消費者にとって「ブランドの本質を損なう行為」と受け取られ、ネガティブな反応を引き起こしやすくなります。
一方で、新興ブランドは「まだ成長段階にある」とみなされることが多く、買収後の価値観の変更や経営方針の転換についても寛容に受け止められる傾向があります。
特に、創業から間もないブランドの場合、消費者の期待も比較的柔軟であり、買収が「成長戦略の一環」として受け入れられることが多いのです。
2. 創業者や元経営陣の存在が信頼の鍵
ブランドの買収後に、創業者や元の経営陣が引き続きブランドに関与するかどうかも、消費者反応を左右する重要な要素です。
創業者や旧経営陣はブランドの「象徴的存在」としてその価値観を体現しています。彼らが残ることで、「買収後もブランドの価値観や使命は変わらないだろう」という安心感が消費者に生まれます。
反対に、経営陣が完全に入れ替わる場合、消費者は「ブランドの価値観が大きく変わるのではないか」「短期的な利益を追求する姿勢になるのではないか」と考え、信頼が失われることがあります。
このような状況では、ブランドが買収先企業の利益に左右されるとの印象を与え、ネガティブな反応を引き起こしやすくなるのです。
3. 買収先との価値観の一致:一貫性が消費者の安心感を支える
買収先の企業とブランドの価値観がどれだけ一致しているかも、消費者反応に影響を与える重要なポイントです。
環境保護を重視するブランドが、同様に環境意識が高い企業に買収された場合、消費者は「ブランドの価値観は維持されるだろう」と考え、買収をポジティブに捉える可能性があります。
一方で、買収先の企業がブランドの価値観とかけ離れた理念を持っている場合、消費者は「価値観が損なわれる」と感じることが多いです。
たとえば、地元密着型で小規模な生産を重視しているブランドが、大規模量産を行う多国籍企業に買収された場合、消費者は「ブランドの独自性が失われるのではないか」と不安を抱きます。
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買収によるネガティブな反応を防ぐための施策
ブランド買収による消費者の反発を防ぐためには、いくつかの具体的な施策が有効です。
まず、買収直後に発表する共同声明やプレスリリースを通じて、買収先企業がブランドの価値観を共有し、尊重する姿勢を明確に示す必要があります。また、買収後の広告キャンペーンやウェブサイト上で、これまでの理念や価値観を繰り返し強調することも、消費者の信頼を維持する手段となります。
さらに、創業者や主要な経営陣が引き続きブランドに関与し続けることを約束すると、買収後の一貫性を確保することができます。特に、創業者自身が「買収はブランドのさらなる成長のための選択である」と公に説明することで、消費者に「このブランドは以前と変わらず信頼できる」という安心感を与えられます。
加えて、買収の背景や目的について詳細に説明し、透明性を高めることも大切です。「なぜ買収が必要だったのか」「買収後にどのような計画や目標があるのか」「消費者にとってどのようなメリットがあるのか」といった情報を積極的に公開することで、消費者の疑念を和らげることができます。
ブランド買収は成長の大きなチャンスである一方、消費者の信頼を失うリスクも伴います。買収戦略を成功させるには、価値観の一貫性を保ち、消費者の声に耳を傾けることが重要です。ブランドの信頼性と価値を守り続ける努力が、長期的な成功につながると言えるでしょう。
参考文献:Biraglia, A., Fuchs, C., Maira, E., & Puntoni, S. (2023). When and Why Consumers React Negatively to Brand Acquisitions: A Values Authenticity Account.