中小企業のM&Aでは売り手、買い手、仲介(アドバイザー)の3者が主要なプレイヤーとなります。
残念なことにこの3者の全てにけっこうな割合で悪人が紛れ込んでいます。映画『アウトレイジ』の宣伝文句ではありませんが「登場人物、全員悪人」です。
この悪人どもによる詐欺が横行しています。最近はニュースでも取り上げられるようになりました。吸血型M&Aの事例で紹介したルシアン社の事件はNHKでも報道されています。さらには経済ドキュメンタリーの『ガイアの夜明け』(テレビ東京)でも中小企業のM&Aの問題が特集されました。
こういった報道がなされるとM&A仲介やアドバイザリーの仕事がやりにくくなるのではないかと心配されることもありますが、実はそうでもないのです。
むしろ、どんどんM&Aの闇を暴いてほしいと思います。そうすることで売り手も買い手も慎重に仲介会社やアドバイザーを選ぶようになりますから、面倒な説明でもしっかりと聞いてくれるようになり、むしろ仕事はやりやすくなります。それに詐欺師が淘汰されれば業界が健全化されます。
しかし、淘汰されるまでにはまだまだ時間が掛かりそうですから、M&Aの詐欺に騙されないように気をつけなければなりません。ということで今回は売り手、買い手、仲介(アドバイザー)がよくやる詐欺の手口を紹介します。
それと最後に詐欺師によくいる性格についても解説するのですが、これは会社経営にも役立つ知識ですから、経営者の方にはぜひ知っておいてほしいと思います。
買い手が行う詐欺
1.代金の未払い
株だけ奪って代金を支払わないという詐欺です。
なぜこのようなことが可能になるかというと、株式譲渡の実行と代金の支払いを同時に行わないからです。基本的に「株の引渡し」と「対価の支払い」は同じタイミングで行うものですが、特別な事情がある場合に支払いが後になることがあります。
後払いになるらといって絶対に詐欺とはいえませんが、「融資のための銀行の手続きの関係が…」とか、もっともらしい話をしてきたらおそらく詐欺です。それからM&Aの代金は一括払いが当たり前ですので、仮に分割払いを提示されたらかなり怪しいです。最初に少額だけ支払って、その後は払わないつもりです。
あくまで個人的な意見ですが後払いと分割払いのどちらかの話が出たら詐欺を疑ったほうが良いと思います。
※M&A後に一定以上の利益が出たら追加で支払いをするという「アーンアウト条項」は別です。これは売主も納得のうえで設定するインセンティブのようなものだからです。
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2.経営者保証を外さない
中小企業が金融機関から借入を行う際には経営者が連帯保証人となっていることが多いです。いわゆる経営者保証です。
M&Aによって会社を売却した際にはこの経営者保証は外してもらうことを契約で定めます。これは買い手側の手続きが必要となりますが、それをしてくれないことがあります。こういった事例は朝日新聞でも報道されていましたから、知っている人も多いかと思います。
仮に経営者保証が外されないまま、売った会社が借金の返済を滞らせてしまった場合、売主である前オーナーに請求がきますし、自宅などに抵当を設定していればそれらが差し押さえられてしまいます。仮に問題が起こっていなかったとしても、既に経営に関わっていない会社の連帯保証をしたままという状況は不安になるものです。
経営者保証を外してくれない買い手は、さらに借金を重ね、そこで得た資金を自分らの口座に移し替えて、そのまま行方不明となることもあります。
3.買収後の難癖
M&Aの際に買い手側は企業の財務やその他諸々の情報を開示します。そして、買い手はそれを精査して買うかどうかの判断をします。
もし売り手の開示した情報に嘘があれば、買い手は正しい判断ができなくなります。そこで売り手は開示した情報に間違いはありませんと「表明保証」をします。ですから基本的に嘘をつくオーナーというのはいないのです。
しかし、悪意を持った買い手はちょっとしたことに難癖をつけてきます。「事業内容の訴訟リスクの説明が不十分だった、こんなことなら買わなかった」などと文句を言うのです。そして代金の一部を返却させようとするのです。返さなければ訴訟を起こすと脅すこともあります。
4.デューデリジェンスによる営業データの入手
基本合意を締結したら、買い手が精査(デューデリジェンス)するために、売り手は会社に関する詳細なデータを開示します。そこには貸借対照表や損益計算書だけではなく、顧客や仕入先の具体名、仕切りの値段なども含まれています。つまり企業秘密です。
中には買収するつもりなどないのに、これらの企業秘密を得ることを目的にM&Aの交渉を行う会社もあります。
M&A仲介やアドバイザリーをしている同業者の間で「買いたい」と名乗りを上げるくせに毎回買わない会社の情報が共有されています。「あぁ、あそこの会社ね、絶対に買わないよね」という話題がよくされています。
構ってほしい暇な経営者がこういうことをしていると認識されていますが、個人的には営業データの取得を目的にしている経営者もいるのではないかと思います。
売り手が行う詐欺
1.簿外債務
会社を買った後で財務諸表に載っていない負債(簿外債務)が発覚することがあります。
当然、買い手は公開したデータに嘘偽りはありませんという「表明保証」を入れますから、簿外債務が発覚すれば責任が問われますが、資力がなければ補償させるのは難しくなります。
私が会社員だった頃に取引先が買収した会社に簿外債務があったと聞いたことがあるのですが、その時も賠償してもらえなかったそうです。しかもその売り手は自分の息子を買い手側の会社に雇ってもらってもいました。厚かましい人間というのはどこまでもそうなのです。
2.目に見えない重要な情報を隠して逃げる
買い手は精査(デューデリジェンス)によって売り手企業の情報を細かくチェックします。しかし、数字や法律上の権利のように明確に表せるものは確認できても、形として表せない重要な情報までは確認できません。
例えば「役職は低いけれど、社内で人望があり、業務を実質的に仕切っているのはAさんである」「Bという顧客はAさんとのコネによって仕事をくれているので、Aさんが辞めたら契約も切られる」といった情報は分かりません。
このような目に見えないリスクが具体化しそうになり、経営が危ういとなった売り手がM&Aを検討することもあります。このような情報は隠していても、それを証明することが難しいですから、買った後で業績が落ちてもその責任を追及することが難しくなります。
3.将来発生するリスクを隠して売る
売り手企業が手作業でなければ作れない製品を作っていたとします。しかし、数年後には機械でも作れるようになり、価格破壊が起こる可能性が高いとします。それを予測したオーナー経営者が、価格破壊が起こる前に会社ごと売ってしまうこともあります。要するに売り逃げです。
また、環境規制が強まり、コスト負担が増え利益率が減ることを予測して、売ることもあります。この場合も予見できていたことを証明するのは難しいですから、責任追及はしにくいです。
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M&A仲介・アドバイザーが行う詐欺
1.手付金・コンサルフィーの詐欺
M&A仲介会社やアドバイザーの料金体系は成果報酬であることが多いです。M&Aが成立しなければ、売り手も買い手も手数料を支払う必要はありません。ですから無駄な労力を使わないために、見込みのない案件は事前の相談の時点で断ります。
しかし、中にはM&Aが成立しなくとも着手金やコンサルティングフィーを請求する会社もあります。これらの会社はM&Aが成立する見込みがないのに「御社は売れますよ」などといって契約し、お金だけ貰うことがあります。
そしてM&Aが成立しなくとも売り手の説明不足に原因があると言い訳したりします。「最初の時点でこんなリスクがあるとは伝えてくれませんでしたよね」などと言って、売り手に責任を押し付けるのです。
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2.「今がタイミングです」と嘘をつく
M&Aはタイミングが重要です。「こんな良い会社を売るのはもったいないな」と思っているときが最高値で売れるときだったりします。買い手からも良い会社に見えているのですから当然ですが…
他にも経営者の年齢や事業意欲、ライフプラン、市場環境などを総合的に判断して、それぞれのベストタイミングで売却するべきです。
しかし、成果報酬でやっているM&A仲介会社やアドバイザーとしては、案件が成立しなければ売上になりません。そのため「今売らないと、景気が悪くなったら売れませんよ」などといってオーナーを焦らせたりします。その一方で買い手には「今買わないと、景気が良くなったら高くなりますよ」と言っていたりするのです。
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詐欺師はなぜ存在するのか?経営者が知っておくべき「ダークトライアド」
詐欺師というのはM&Aに限らず、どこの業界にもいるものです。しかし、たいていはバレて捕まっています。なぜ彼らは逮捕される確率が高いのに詐欺をするのでしょうか?
この件に関しては、M&Aに限らず、会社経営についても役立つことですので、ぜひ知っておいてほしいと思います。
「ダークトライアド」とは
性格心理学の世界に「ダークトライアド」というものがあります。これは日本語では「邪悪な性格傾向」などと翻訳されます。
具体的には以下の3つの特徴のことを指します。
- サイコパス:反社会的な行動傾向を持ち、共感性の欠如や道徳的判断の欠如が特徴
- マキャヴェリスト:自己の利益のために他人を操り、冷淡かつ計算高い行動を取る
- ナルシスト:自分に対して強い愛着や関心を持ち、自身の重要性や優越感を過度に主張する
ダークトライアドの三要素はそれぞれ異なる特徴を持っていますが、共通して自己中心的で他人への配慮に欠けるという点が挙げられます。さらに罪悪感を持ちにくいという特徴もあります。
そしてこのダークトライアドとしての特徴は、生まれ持った脳の特性による部分が大きいものなので、変えようと思って簡単に変えられるものではないのです。
人口の1~3%は存在している
調査によっても異なりますが、ダークトライアドの特性を持つ人は人口の1~3%はいるとされています。社員や取引先にも理解の範疇を超えた性格を持つ人がいないでしょうか?
大した仕事をしないくせに権利ばかり主張する社員や、毎度のように支払いが遅れているのに何事もないように振舞える人などです。このような人たちはダークトライアドとしての性格傾向を持っている可能性が高いといえるでしょう。
生まれつき罪悪感を覚えにくい脳を持っているので、自分の振舞いを棚に上げて偉そうな振舞ができてしまうのです。
投資詐欺で捕まる犯人がInstagramに自撮りを投稿するわけ
そして、ダークトライアドを持つ人は詐欺などの狡猾な犯罪を起こす可能性が高いという研究結果もあります。
また、「サイコパスは天才」という話を聞いたことのある人もいるかもしれませんが、これは『羊たちの沈黙』という映画のハンニバル博士がそのように描かれていたために広まった間違いです。実際の研究ではサイコパスは平均よりもIQが低いことが分かっています。
つまり、ダークトライアドは罪悪感を持ちにくいので詐欺などの犯罪を起こす動機が強く、IQが低いので捕まる可能性まで考慮できないということです。これがアホみたいな詐欺で捕まる人間が後を絶たない理由です。
投資詐欺で捕まる犯人が報道されるとき、たいていInstagramの自撮り写真が出てきますが、彼らはおそらくダークトライアドの中のナルシストなのだと思います。ナルシシズム傾向と自撮り投稿の頻度には相関があることも分かっています。自撮りしている詐欺師は「注目されたいという欲求」と「罪悪感のなさ」という教科書通りのナルシスト反応が出ているといえます。
さらに、ナルシストなCEO(最高経営責任者)ほどM&Aの際に高い価格で買収しがちということも分かっています。「自分ならいくらで買っても元が取れる」と思い込みやすいからです。
詐欺師のために脳ミソを無駄づかいしないこと
ダークトライアドは話せば分かってくれるというケースは少ないです。ですから、異常な承認欲求を持つ反抗的な社員や、支払いをしないことに罪悪感を持たない取引先などが、いつか変わってくれるという期待を持つのはやめたほうが良いです。
このような期待が裏切られる度に、こちらの感情が疲弊します。ここから気持ちを切り替えるときに脳はかなりのエネルギーを使います。そのせいで仕事などの判断に使うべきエネルギーまで奪われます。これも実験で分かっていることです。
詐欺師のために脳の無駄づかいをするのはやめましょう。