連続起業家でもない限り、売り手にとってM&Aは人生で初めての経験となることが多いです。そのため悪意をもった相手に騙されてしまうリスクが多くあります。そこで本記事では会社を売却する際に確認すべき重要な注意点を解説します。
騙されないために売却価格の相場観を持つ
売却価格の目安となる企業価値の評価(バリュエーション)は、財務状況、業界の市場環境、将来の成長可能性などを考慮したうえで、現実的な金額を設定することが求められます。これに関してはまともなM&A仲介会社やアドバイザーであればおかしな金額を算出することはありません。
しかし、中には買い手とグルになっていたり、契約を成立させることだけを優先している会社もあります。このような仲介会社に騙されないためには、企業評価の最低限の知識を持っておくことが大切です。
企業価値の評価方法(バリュエーション)としては、DCF法、EBITDA倍率法、類似会社比較法など代表的なものがあります。細かく知る必要はありませんが、これらの方法で評価したときに、おおよそいくらになるのか?ということを事前に確認し、相場観を持っておきましょう。
☑︎会社の売却価格を高めたいならナルシストな経営者に買ってもらうのが良い
ライフプランを考慮した金額で売却する
「従業員と取引先を大事にしてもらえるなら売却額にはこだわらない」というオーナーは少なくありません。しかし、売却して得たお金をその後の生活に充てようと考えているのなら、ライフプランを考慮しなければなりません。
M&Aによって得た売却額には税金が掛かりますし、仲介会社やアドバイザーに支払う手数料もあります。そういった諸々の経費を指しい引いた後にいくら残るのかを計算しておきましょう。
M&A後のロックアップ期間(※1)が終了したら自分自身は引退するという場合、その後の収入がゼロになるオーナーは多いです。ですから「この売却額は収入が途絶えた後も生活するのに十分な資金なのか?」ということを確認する必要があります。
「会社売却後の人生を後悔する人の特徴。お金持ちになって悠々自適とはいかない」の記事でも説明しましたが、会社を売却する場合、競業避止がありますから収入が途絶えても同じ仕事をして稼ぐことはできません。
また、会社の借金に対する個人保証が外せたとしても、個人で借主となっている借金については会社とは無関係ですから、その返済も考慮しなければなりません。
(※1 ロックアップ期間:会社を売却したオーナー社長が引継ぎ等のために何年か会社に残るという契約をした場合の期間)
怪しい買い手に気をつける
以前に紹介した「吸血型M&A」を行う会社などは論外ですが、そこまで酷くなくとも怪しい買い手は存在します。
従業員の雇用を守る約束や、オーナーが会社の借入に付けている経営者保証を外す約束などを本当に守ってくれる会社なのか、しっかりと見極める必要があります。
上場していない中小企業の情報を得るのは難しいものですが、求人サイトやGoogleマップのクチコミ、SNSなどから重要な情報が得られることもありますから、可能な限り情報を集めましょう。ウェブサイトの文言から差別をする会社なのか確認することも可能です(※2)
また、常に求人を出しているような会社は「人がいつかない=従業員を大事にしていない」と判断することもできます。最近はどこも人手不足なのでこの限りではありませんが…
また、買い手の資金調達に関しても、目を光らせておくことが大切です。買い手側の銀行融資が通らずに途中で破談となるケースもあります。こうなってしまうと再び新たな買い手探しから始めなければならず、売り手としては想像以上にガックリきてモチベーションが落ちます。
(※2 使用する単語のタイプと種類によって、社員に対し差別的な姿勢を持っている会社かどうか判別できることがあります)
社員や取引先への情報漏洩に気を付ける
M&Aを検討していることが社員にバレると「ウチの会社は危ないんじゃないか」と動揺するものです。そして転職活動を始めてしまうこともあります。顧客や仕入れ先、銀行に伝わると取引にも関わってきます。
ですから契約成立までは情報の扱いに慎重にならなければなりません。個人的な意見を言わせてもらえば誰にも相談しない方が良いと思います。
例えば「専務は口が堅いし信用できるから大丈夫だ」と言って相談したとします。しかしその専務は「常務は口が堅いし信用できるから大丈夫だ」と考えていたりするものなのです。これが繰り返されることで、「絶対に秘密」の話が社内にあっという間に広がるのです。
それとM&A仲介の会社と専任契約を結ばず、複数の仲介会社を使おうとしている場合も、情報の扱いに注意してください。同じ買い手に複数の仲介会社から打診が入ってしまうことも起こり得ます。そうなると「売れない会社」というイメージを持たれてしまい、その情報が拡散するリスクがあります。
一丁噛みしたがる自称「M&Aに詳しい」人を絡ませない
M&Aを検討していることを知ると「一丁噛み(首を突っ込む)」したがる自称専門家やコンサルタントが出てきます。彼らはM&Aで大きな金額が動くことを知っていますから、そのおこぼれに預かろうとしているのです。
しかし、この手の自称専門家が役に立つことはありません。それどころか邪魔でしかないことが多く、買い手、仲介会社、アドバイザリー会社の全てから鬱陶しがられます。さらに契約の進捗が遅れます。つまり邪魔しかしていない相手に手数料を払うという馬鹿げたことをすることになるのです。
また、M&Aが無事に成立したことを公表しようと考えている場合も注意が必要です。多額の現金を持っていると公表するのと同じことだからです。
たいてい証券会社、保険会社、不動産会社が無価値な金融商品を売りつけにやってきます。M&Aで得た資金を投資に回すのは悪いことではありません。しかし投資は向き不向きがありますから自分がどちらか考えましょう。
投資に向いているかを確認する方法はありませんが、向いていないことを確認する方法はあります。営業された投資商品を一瞬でも「良いかも」と思ってしまったら投資には向いていません。それどころか詐欺に遭うリスクが高いといえます。
☑︎投資詐欺に騙される社長は「レイク・ウォビゴン効果」に陥っている
尊大にも卑屈にもならない
中小企業のM&Aについて色々と調べていくうちに、売手市場であることに気が付くと思います。買いたい人は多いけれど売りたい人は少ないということです。内容の良い会社なら「ぜひ売ってください」となります。
だからといって「売ってやるんだ」と尊大な態度になってはいけません。物凄く安っぽい例えになりますがM&Aは結婚と同じです。どんな資産家でも人間性が悪い相手と結婚したいと思う人は少ないのです。会社はオーナー経営者の性格を映す鏡です。トップ会談時に尊大な態度を取ると、「会社の中身もそんな感じだろうな」と判断されて損をします。
反対に赤字や後継者不在によって会社売却をする場合、卑屈な気持ちを抱えてしまうオーナーもいます。しかし、いまだにM&Aを身売りだなどと言っているのは日本くらいです。先進国では何十年も前からM&Aは経営上の有効な選択肢の一つなのです。あまりに下手に出ると安く買いたたかれたり、不利な条件をつけられますから気をつけましょう。
ここで紹介した以外にもM&Aには危険がいっぱいですから、警戒して契約を進めてください。