M&A後にリストラ(解雇)すると業績が悪化する、それでも必要なとき

中小企業のM&Aの仲介では、売却後も社員の雇用の維持を望むオーナーが多いです。リストラしないことが絶対条件ということもあります。自分は引退するとはいえ、それまで頑張ってくれた社員が解雇されてしまうのは忍びないですからね。

そんな優しい気持ちがなくとも「自分が恨まれるのではないか」と保身の気持ちがある人もいますから、ほとんどのオーナーが雇用の維持を願います。

実は売り手のオーナーが望まなくとも、現状のM&Aで買収された側がリストラされるということはほとんどありません。それどころか買い手企業が「社員の方は残ってくれるんですよね?」と心配するくらいです。

人材獲得を目的とするM&A(アクハイアー)でなくとも、現在はどこも人手不足ですから、買収後に辞められてしまうのは非常に痛手なのです。業績が落ちてしまうこともあります。さらには買った側の企業(親会社)の業績が落ちることさえあるのです。

M&A後のリストラは悪影響を及ぼす可能性が高いのです。

☑︎アクハイヤーと新規採用の離職率の違い。人材獲得型M&Aを成功させる要諦

リストラという言葉は英語で「再構築」を意味する「restructuring」が語源ですから、必ずしも解雇を意味するとは限りません。しかし、日本では「リストラ=解雇」という和製英語が市民権を得ていますからこの記事でも解雇の意味で使います。

なぜM&A後のリストラは悪影響となるのか?

なぜM&A後のリストラが企業の業績悪化につながるのでしょうか?

一番の理由は社内の空気が悪くなるからです。買収後に整理解雇が開始されることで、買われた側の社員は自分たちが弱い立場であると認識させられます。また、「次は自分の番じゃないか?」という不安が生じ士気も下がります。

このような雰囲気が漂う職場では、社員のモチベーションは上がりません。ここ数年でようやく知られるようになってきましたが、企業の業績はそこで働く人間のモチベーションの影響を大きく受けるのです。同じ社員が同じ仕事をしていたとしても、モチベーションによって売上や生産性、顧客からの評価は変わります。

例えば、小売業の場合、各支店がそれぞれ1日にあと1つだけ商品を多く売ってくれれば黒字化するというケースが少なくありません。このような状況のとき、社員の意識改革を行うだけで、黒字化することもあるのです。「閉店まであと30分あるから最後にあと1個頑張ろう」と皆が思えば売上が変わるからです。

M&A後のリストラはこれと逆の状態を作り出す施策ですから、収益が悪化するのです。

また、リストラによって、買収した会社が人手不足となり機能不全に陥った場合、親会社からのヘルプが必要になります。しかしそうすると、親会社の仕事が回らなくなるという事態にもなりかねませんから、双方の生産性が低下するということもあり得ます。

リストラしなかった会社のほうが業績が良い

1990年代、欧米の大企業は過剰設備の解消やコスト削減、競争力の強化を目的として、関連業界内でのM&Aを加速させました。この時代の代表的な事例には、エクソンとモービルの合併、ダイムラーとクライスラーの合併などがあります。

この時代、M&A後の統合プロセスにおいて、多くの企業が「無駄をなくす」という名目で人員削減を行いました。これによりコスト低減や効率化が期待されたのです。しかし、経営学と起業家精神の専門家であるヘマ・クリシュナン博士らの調査によると、それらの効果は得られていないことが判明しています。

博士らは関連業界内で行われたM&Aを対象に、人員削減が企業の業績に与える影響を分析しました。この分析によると、対象となった60社のうち、42社(70%)がM&A後に人員削減を実施していました。

そして、人員削減を行った企業の業績は、行わなかった企業と比較して有意に低下していることも判明しました。特に、買収された企業での大規模な人員削減は、統合後のパフォーマンスに深刻な悪影響を与えていました。

また、人員削減が統合プロセスにおける混乱を増幅させることも確認されました。買収された企業の社員が多く離職することで、親会社が両組織の運営を担う必要に迫られ、リソースが分散してしまうケースが指摘されています。

うまくいったリストラの事例

とはいえ買い手の立場で考えると、急な市場環境の変化や業績悪化により、リストラせざるを得ないこともあります。そんな時にどうすれば良いのでしょうか?

今回の調査ではM&A後の人員整理を上手く進め、収益を高めた企業もありました。それはスウェーデンに本社を置く、家電メーカーのエレクトロラックスです。

同社はM&Aを成長戦略の中核に据え、15年間でローカル企業から世界的なリーダー企業へと成長しました。エレクトロラックスがイタリアの家電メーカー、ザヌッシを買収した際、次のような戦略を取り、見事に業績を向上させました。

  1. 統合チームの設置:買収後、両社の社員からなる統合タスクフォースを編成し、スムーズな移行を支援
  2. 計画的な人員削減:労働組合との協議を経て、3年間で約4,800名の人員削減を段階的に実施。これにより、社員に十分な準備期間を与えることが可能となった。
  3. プロセスの効率化:購買、生産、マーケティングの各プロセスを合理化することで、統合後のシナジー効果を最大化。

このような戦略的かつ慎重なアプローチが有効に機能したおかげで、リストラ後も収益が悪化せず、それどころか向上したのです。

「企業は人なり」

中小企業のM&Aではあまりないことですが、大企業の場合ですと、早く結果を求めるあまり、短期的なコスト削減の一環として、即座にリストラに取り掛かることがあります。

しかし、それらの施策が奏功することは滅多にありません。今回の事例でも分かるように、統合の前後にリソースを適切に評価し、長期的な競争力を確保するための戦略を立案することが求められるのです。

経営の神様と称された松下幸之助氏が「企業は人なり」と説いていましたが、これは綺麗ごとでもなんでもなく、複数の研究によって判明している、科学的根拠のある事実です。買収した側、された側の両社の社員のモチベーションが高まるような施策が求められます。

参考文献:Hema A. Krishnana, Daewoo Park. (2002). The impact of work force reduction on subsequent performance in major mergers and acquisitions An exploratory study.