今回は買い手側に関係するお話です。M&Aの失敗についてという、あまり良い話ではないですがとても大切なことです。
どこのM&A仲介、アドバイザリーでも同じだと思うのですが、買い手からの打診の方が圧倒的に多いです。M&Aは「時間を買う」などと言われたりもしますが、他社の買収により成長スピードを加速させたい企業経営者は多いです。かなり前のめりな方もいらっしゃいます。
しかし、成長や多角化を期待してM&Aをしたものの、思っていたほどに伸びない、それどころかマイナスになっているというケースも少なくはありません。こうなってしまう原因はどこにあるのでしょうか?
中小企業のM&Aが失敗する理由
日本商工会議所が2024年に中小企業の事業承継とM&Aに関する調査を行っています。その中に「買収した目的を達成できなかった理由」というものがあります。そこで最も多かったのが「相手先の経営・組織体制が脆弱だった」というもので、32.5%がこの理由を挙げています。
今回の調査では項目のみで内容の詳細については記載されていないのですが、私が今まで見聞きしたM&Aの失敗事例も、まとめると「経営・組織体制が脆弱」ということになるかと思います。ですので私の個人的な見解を交えて、詳しく説明します。
経営・組織体制が脆弱
「経営・組織体制が脆弱」を一言でいうなら「属人的」ということです。その人がいなくちゃ話にならないということです。
買い手としてはM&Aの対象となるような企業であれば、仕組化されていて中の人間が変わってもきちんと運営できる水準で経営されていると期待します。組織図に複数の部署があり、客先も分散されていればそう考えるのはおかしなことではないでしょう。
しかし蓋を開けてみたら役職はあっても指示系統が曖昧で社員同士がなあなあで仕事を進めていたり、顧客もほとんどが先代社長の人間的なつながりによるものだったりということがあるのです。このような組織では両社のシナジーにより新たな価値を生み出そうとしても、社員がその水準の能力を持っていなかったり、反発されたりして、失敗してしまうのです。
人間は自分が属していない他の組織のメンバーは没個性で同じように見える偏見を持っています。これを心理学で「外集団同質性バイアス」といいます。このバイアスによって他社を見たとき「みんな真面目に仕事をする普通のサラリーマン」という錯覚が生じるのです。しかし実際にはどの会社も個性的なメンバーが揃っていますから、組織化されていなければ、運営が難しくなるのです。
買い手企業の準備不足
とはいえ、買い手側にマネジメント能力がないのを相手企業の責任にしているという可能性もあります。というのも、買収目的が達成できなかった理由として2番目に多かったのが「経営統合に向けた自社の準備不足」だったのです。
買う側にとっても初めてのM&Aというパターンでは往々にして準備不足に陥りがちです。それにより相手企業とのシステム統合や業務フローの標準化に時間がかかり、結果として買収効果が薄れてしまうことがあります。特に人員やITシステムの統合が進まないと業務が二重化し効率が悪化します。
また組織の価値観、働き方、コミュニケーションスタイルといった企業文化の違いは、統合プロセスにおける大きな障害となりやすいものですが、それらをどのようにすり合わせるのか慎重な計画を立てていないことが、協力関係や士気に悪影響を及ぼすこともあります。
☑︎M&Aは本当に価値を生むのか?顧客満足度への悪影響とその解決策
従業員の退職&顧客離れ
M&Aによる組織変革は、相手企業の従業員に不安を与えることが多いです。中小企業の従業員は家族的な企業文化に慣れ親しんでいるケースが多く、M&A後の変化や統合に対するストレスが原因で退職に至ることがあります。
調査では14.1%が従業員の退職を失敗原因として挙げています。個人的な感覚としてはM&Aの失敗事例のほとんどは、従業員の気持ちの問題に帰結するように思います。特に、キーパーソンが退職すると、買収効果が失われるだけでなく、顧客関係や内部知識の喪失という深刻な問題が発生します。
また、買収目的が達成できなかった原因として相手先の顧客が離れてしまったことを挙げた会社は5.2%ありましたが、これも結局は人の問題に行きつくのではないでしょうか。「あの人だから仕事をお願いしたんだ」という顧客は決して少なくないのです。
☑︎M&A後の従業員の大量退職を防ぎ、パフォーマンスを高めるためのPMI戦略
M&Aの失敗率は下がっているのか?
M&Aは失敗する可能性のほうが高いと言われます。7~8割は失敗に終わるなどと書いている記事もあります。
2013年に発表されたデロイトトーマツコンサルティングの調査ではM&Aの目標達成度が80%を超えていると回答した企業の割合は36%でした。もしかするとこれを逆手にM&Aは失敗する確率が高いと思われているのかもしれません。ちなみにこの調査では目標達成度が40%以下と回答した企業は16%でした。その他の48%の企業の達成率は40%超80%以下のレンジに収まるということですから、失敗する確率のほうが高いとはいえないでしょう。
また、2024年の日本商工会議所の調査ではM&Aの成功率について以下のような回答となっています。
- 概ね達成した 58.0%
- 一部達成した(失敗もあった) 33.8%
- ほとんど達成していない 5.8%
- その他 2.4%
調査対象となっている企業が異なりますから単純比較はできませんが、M&Aの失敗確率は約10年でかなり下がっているように見えます。私の個人的な感覚としても、「M&Aに失敗した」という買い手はそれほど多くはないように思います。
なぜ失敗率が下がっているのでしょう。一つの理由は買収前の精査の精度が上がったからです。M&Aに精通した専門家も増えましたし、情報も得やすくなりましたから、買収前の段階から失敗しないための選択ができる確率が上がっているのです。
それともう一つは、PMI(M&A後の統合プロセス)の重要性が認知されたことと、その方法も分かり始めたことが挙げられます。PMI専門のコンサルティングサービスもありますし、買い手側にも知識が増えました。
そのため、買収直後から急に強引なプロセスで進めることなく、両社にとって最適な方法を選択する企業が増えたのです。今後は益々PMIに関する知見が溜まり共有されてていくでしょうから、M&Aの失敗率はさらに下がっていくのではないかと思います。
<参考文献>
・日本商工会議所『事業承継に関する実態アンケート』2024
・デロイトトーマツコンサルテイング『M&A経験企業にみるM&A実態調査(2013年)』