M&Aは本当に価値を生むのか?顧客満足度への悪影響とその解決策

企業がM&A(合併・買収)を行う目的は、成長や効率化、競争力の強化など多岐にわたります。

しかし、そんな中で以外に見落としがちなのが、顧客満足度です。プレスリリースでは「お客様により良いサービスを提供するために」などと発表したりしますが……M&A後は財務面ばかり気にしてしまうものです。

そのため顧客満足度は下がりやすいのです。そしてそのマイナス分はM&Aによって得られる効率化を上回るともいわれています。

M&A後の効率性と顧客満足度のトレードオフ

サンディエゴ州立大学のニタ・ウマシャンカール博士らが、M&Aが企業のパフォーマンスと顧客満足度にどのような影響を与えるのか調べた研究があります。

1995年から2017年のパネルデータを分析した結果によると、M&Aは企業経営の効率性を高めますが、顧客満足度は低下させることのほうが多いことが分かりました。

そして、M&Aによって低下した顧客満足度のマイナス分は効率性向上による利益を上回ることも分かりました。

M&Aによって顧客満足度が低下する理由として以下が挙げられています。

1. 経営陣の注意の分散

M&Aにより他社を買収した経営陣は取引価格の改定やコスト削減など財務的な課題に注意を集中させる傾向があります。その結果、顧客対応やサービス向上が後回しにされることがあります。

たとえば、買収後の統合プロセスにおいて、効率化のためにシステムや手続きの変更が行われる場合があります。これにより、顧客は従来のサービスや製品が利用しづらくなり、これまでの信頼や満足感を失うのです。

2. 組織の再編による混乱

M&A後には、効率性を追求するために組織の再編やコスト削減が行われることが一般的です。これには従業員の削減や部署の統廃合が含まれますが、これらの変化がサービス提供に直接的な影響を及ぼすことがあります。たとえば、従業員の削減により顧客対応の速度や質が低下し、顧客の不満が増大することがあります。

さらに、残された従業員も業務量の増加や環境の変化にストレスを感じることが多く、結果としてサービス品質の低下や顧客対応の不備につながります。このような状況下で、顧客は企業への信頼を失い、他社への乗り換えを検討することがあります。

☑︎組織のアイデンティティによってM&A後の最適な経営統合は変わる

3. ブランド喪失や製品変更

M&Aによって統合された企業が、ブランドや製品ラインを整理する場合があります。これにより、顧客は愛着を持っていたブランドや製品を失う可能性があります。特に、日用品や食品業界では顧客が慣れ親しんだ製品の廃止が不満を引き起こすことがあります。

また、統合に伴う製品仕様やサービス内容の変更も、顧客にとってネガティブな印象を与えることがあります。たとえば、ポイントプログラムの終了や契約条件の変更が行われると、顧客は「自分たちの利益が軽視されている」と感じます。

4. 顧客関係の不確実性

M&A後の統合プロセスが明確に説明されない場合、顧客は今後のサービスや製品に対して不安を抱きます。この「不確実性」は、顧客が企業に対して疑念を抱く要因となり、競合他社への移行を促すことがあります。

たとえば、顧客が「自分の契約やサービスがどうなるのかわからない」と感じた場合、リスクを回避するために他の選択肢を探す傾向があります。

☑︎M&Aが企業にオープンイノベーションをもたらすパターン

顧客満足度低下への具体的対策

M&Aによる顧客満足度の低下を防ぐためには、プロセス全体を通じて顧客の視点を最優先に考えることが重要です。以下では、それぞれの対策について具体的に説明します。

1. 透明なコミュニケーションの徹底

M&Aが顧客に与える影響を最小限に抑えるためには、透明性のあるコミュニケーションが不可欠です。M&Aの理由や今後の変化について積極的に情報を開示し、顧客が抱える疑問や不安を解消する努力を行う必要があります。例えば、以下のような方法が効果的です。

  • FAQの作成と公開:M&Aに関するよくある質問とその回答を整理し、顧客が簡単にアクセスできるようにします。
  • メールやSNSを活用した通知:重要な変更点やサービスに関する情報を適切なタイミングで伝えることで、顧客の安心感を高めます。
  • 個別対応の窓口設置:顧客が具体的な懸念を相談できるカスタマーサポートの専用窓口を設けることで、信頼関係を強化します。

これらの施策により、顧客が「自分たちが置き去りにされている」という感覚を抱かないようにすることが重要です。

2. 顧客体験を重視した施策の導入

M&A後も顧客が一貫したサービスを受けられるよう、体制や手続きの統一に配慮する必要があります。顧客体験を向上させるための具体的な施策には以下が挙げられます。

  • サービス中断の防止:統合プロセス中にサービスが停止したり、不具合が発生したりしないよう、万全の準備を行います。
  • 利便性を最優先にしたシステム統合:異なる顧客データベースやサービスプラットフォームを統合する際、顧客が違和感を覚えないスムーズな移行を目指します。
  • 特典や契約条件の維持:既存のポイントプログラムや契約条件を維持または代替案を提示することで、顧客の不満を抑えます。

特に、顧客が日々使用している製品やサービスに影響が及ぶ場合は、代替案やアップグレードの提供を検討することが効果的です。

3. 従業員教育とモチベーション維持

従業員の意欲を維持し、新しい体制にスムーズに適応できるよう、適切な教育やサポートを提供することも重要です。以下の具体策が考えられます。

  • 研修プログラムの実施:新しい業務フローやシステムの使用方法について従業員に徹底的なトレーニングを行います。
  • メンタルヘルスケアの導入:組織変化に伴うストレスを軽減するため、心理的支援を提供します。
  • モチベーション向上策の実施:インセンティブ制度やチームビルディング活動を通じて従業員の士気を高めます。

従業員が自信を持って顧客に対応できる環境を整えることで、顧客満足度の維持に繋がります。

4. マーケティングリーダーの活用

今回紹介した研究では、買収企業の取締役会にマーケティング部門の人間が含まれている場合、顧客満足度の低下が軽減されることも分かりました。「顧客の声」を経営陣に伝える役割を果たし、顧客体験を向上させるための具体的な方針を示すことができるからです。そのために以下の施策が効果的です。

  • 取締役会での顧客課題の優先順位付け:マーケティングリーダーが顧客の課題や期待を明確にし、それを経営陣全体で共有する機会を設けます。
  • データに基づく意思決定の促進:顧客満足度に関するデータを収集・分析し、それに基づく具体的な施策を提案します。
  • ブランド価値の維持:M&A後も一貫したブランドメッセージを発信し、顧客が親しみを感じられるよう配慮します。

M&Aは企業にとって成長の大きなチャンスである一方、顧客満足度を損なうリスクも伴います。

しかし、上記のような具体的な対策を講じることで、顧客の不安を軽減し、ポジティブな顧客体験を提供することが可能です。

顧客の視点を重視した戦略的な取り組みが、M&Aの成功を支える重要な鍵となるのです。

参考文献:Umashankar, N., Bahadir, S. C., & Bharadwaj, S. (2022). Despite Efficiencies, Mergers and Acquisitions Reduce Firm Value by Hurting Customer Satisfaction. Journal of Marketing, 86(2), 66-86.